ニュルティンゲンのフェスティバルでは毎夜コンサート(リサイタル)が開催されたのですが、先日お伝えした David Russell 氏のリサイタル同様、最高の音楽を楽しむ事ができました。中でも忘れることの出来ないものが、このポール・オデット氏によるリサイタルです。
ポールの演奏は生でも、またCDでも、ルネッサンスの作品、あるいはルネッサンスリュートによる演奏がほとんどで、バロックの音楽といっても、バロックギターやテオルボによる演奏ばかりを聞いて来たように思います。数年前に同じプログラムでの録音が行われた事は知っていましたが、今回のように「バロックリュートによるバッハ」というコンサート・プログラムは初めての事で、それにも驚かされました。
プログラムはバッハの「BWV995」いわゆる「リュート組曲第3番(チェロ組曲第5番)」に始まり、「BWV1006a」いわゆる「リュート組曲第4番(バイオリンパルティータ第3番)」、そして後半はS.L.ヴァイスの「組曲 ハ短調」、そして再びバッハの「BWV1001(無伴奏バイオリンソナタ第1番)」、という豪華な内容でした。
これは私達ギタリストにとってもきわめてなじみの深いプログラムです。全く同じプログラムでギタリストが、いつか、どこかで演奏しても全く不思議のないプログラムなのです。特にギターをやってられる方に気を付けていただきたいのはヴァイスの曲以外のバッハは(ヴァイオリンソナタの「フーガ」は若干、ヴァイラウホのリュート版を前提にしているとはいえ・・・)すべてポール・オデット氏による編曲であり、作品と演奏者の距離は私達ギタリストと何も変わらないと言う事です。
私が何を言いたいかと言うと、ともすればギタリスト達の多くがバッハの作品を演奏する時(それは言うまでもなくギターのオリジナル作品ではないわけですから)、やれ「独創的な編曲」だとか、「余計な音は加えず原曲通りに演奏」だとか、ひどい場合には「バイオリンより速く弾いただとか」、笑止千万のスタントプレーがまだはびこっているのですが、勿論オデット氏の演奏はそんなことは微塵も見せず、ただひたすら美しく、そして自然な(自身によるリュート用の編曲で)バッハの音楽を、ふくよかに聞かせ、聴衆を楽しませたと言う事です。この印象はオデット氏が、ルネッサンスリュートでそのレパートリーをしみじみと聞かせたくれたときと、全く共通したものでした。
アンコールで聞かせてくれた「無伴奏バイオリンソナタ第3番」の「ラルゴ Largo」の編曲と演奏も秀逸! 音楽と、自らが奏でる楽器を熟知したものにしかなし得ない演奏でした。
例によって終演後はホテルのバーで再会。この本人の屈託のない明るい表情、そして周囲の人間達の明るい表情を見ても、演奏会がどんなに素晴らしいものであったかがわかるでしょう。
もうひとつ驚いた事は、10年くらい前、日本で彼にあった時、私が彼に話した事などを仔細に記憶していた事・・・。私はほとんど忘れていて、彼に言われて「ああ、そうだった」と思い出したと言うのに、かれはまるで昨日の事のように鮮明に記憶し、私に話してくれた、と言う事でした。今度、彼の演奏を聴けるのはいつの事でしょう。